逗子・葉山・横須賀

【日影茶屋】地元の食材の魅力を引き出す、 昔ながらの伝統と改革による新しい風が融合した和菓子

山本千晶

1.創業300年あまりの伝統ある日影茶屋

御用邸があることで有名な神奈川県、葉山。海から徒歩数分、潮風を感じられる場所に建つのは、趣きのある館。

日影茶屋

“御菓子”ののれんが目印のこちらは、日本料理店としても有名な「日影茶屋」。お料理を楽しめる建物の隣にある築150年余りの蔵で、四季折々の和菓子を提供しています。

内装

のれんをくぐると広がるのは、和の雰囲気漂う空間。和菓子を販売するこの蔵は、夜になるとバー営業に変わります。

「日影茶屋」が和菓子を販売するようになったのは、27年前。しかしお店の歴史を振り返ると、江戸時代まで遡ります。300年ほど前、峠を行き交う人が休む茶屋として始まった「日影茶屋」は、次第に料理旅館としての役割を担い発展していきます。時を経て、昭和時代には、日本料理屋として新たに営業を開始。

その後、旅館時代から受け継いでいる庭先での餅つき会の餅を使った菓子が好評となり、平成4年に和菓子店として「菓子舗 日影茶屋」を創業しました。

創業当初からの名物は、伝統の餅を使用した大福です。

日影大福
日影大福 1個200円(税抜)

こだわりの餅は、毎朝つかれたもの。ねばりのある滋賀の羽二重米を使用しているのが特徴です。焼印が目を惹くそれを手に取ると、ずっしり、そしてもっちり。餅の皮が薄いので、より柔らかで繊細な手触りです。

口に入れると、もちもちの皮となめらかなあんとの一体感がたまらない! 小豆の皮のつぶつぶ感がアクセントになったあんは、甘さをほとんど感じさせず、小豆本来の旨味を味わうことができます。焼き色がついた表面が少し香ばしさを醸し出しているのも、風味高いです。

こちらは日持ちしないので(当日限り)、オンラインショップでは購入できません。ぜひ店頭で買い求めたい一品です。

2.地元・葉山の隠れた魅力を形に

大福の他にも、「日影茶屋」の名物となっている品々があります。それは、地元・葉山の食材を使った和菓子。

「日影茶屋」では、地元で採れた作物、それもあまりスポットライトが当たっていなかった食材を使用し、工夫を凝らして和菓子に使用しています。その代表が、夏みかんを使用した最中です。

季結月最中(ゆづきもなか)
季結月最中(ゆづきもなか) 1個200円(税抜)

夏みかんに目をつけたのは、今回お話を伺った食品販売事業部・営業課長の宮田さんです。

葉山では、現在の上皇がご成婚された際に記念樹として夏みかんの苗が配られたことをきっかけに、町のあらゆるところで夏みかんが育っています。しかし食用には向かず、酸っぱくて食べられず、多くの実が地面に転がっていたそう。

その光景を目にした宮田さんが社長に「葉山の夏みかんを何とかしたい」と直訴したことから、この商品が生まれました。

商品化するのに構想約2年を経て誕生したという「季結月最中」。それだけの時間がかかったことを食べる人に想像させないほど自然に、さっぱりとした風味が口の中に広がっていきます。夏みかんの皮を甘煮にしてクセのない白あんに混ぜたことで、柑橘の程よい酸味があんのほんのりとした甘みにマッチ。パリッとした薄い最中の生地との相性も抜群です。

他にも、葉山の食材を使った商品があります。

姜吹(きょうすい)
姜吹(きょうすい)  900円(税抜)

こちらは、葉山産の生姜だけでできた冷やし飴。暑い時は水や炭酸水で、寒い時期はお湯で割って飲むなど、時期を問わずに楽しめます。生姜をペースト上にして、甜菜糖とハチミツを合わせて作られた、とても体に優しいドリンクです。

葉山の生姜は、実は地元の人にもあまり知られていません。しかし明治の頃は畑でよく作っていたそうで、葉山産の生姜を復活させようという商工会の試みで生まれた商品です。

3.地のものを扱う“熱意”が宿った和菓子

しかし、その土地だけで採れるものを扱うことは、なかなか容易ではありません。それは安定した生産量が確保しにくいことや、作り手が少ないといった事情があるからです。

取材をする中で、そんな障害を乗り越えて様々な和菓子が商品化につながったのは、営業課長の宮田さんの思いが鍵になっているように思いました。

例えば、12月頃から販売されるいちご大福について伺っていたときのこと。横須賀の嘉山農園で採れるいちごだけを使っているというお話の中で、宮田さんはとても自然な様子でこうおっしゃいました。

嘉山農園のいちごはとても貴重で、なかなか出回らないと聞きます
山本千晶さん
宮田さん
嘉山さんのいちごを扱うために、農園に行って直談判しました。最初は門前払いされましたが、「いちごをもらえるまで帰りません!」と2時間粘って

『「日影茶屋」で作る和菓子は、土地のもの、さらには品質と味のいいものにこだわりたい』という宮田さんの熱意が通じて、今ではサイズや完熟度合いまで徹底した高品質のいちごを仕入れられるといいます。

そんな宮田さんは、月に1、2度は農園に出向き、摘み手のパートさんと会話をしているそう。その時々のいちごの熟れ具合を聞くなど、収穫の時期以外でもコミュニケーションを大切にされているようでした。

かき餅(こんぶ、しらす)
かき餅(こんぶ、しらす) 各800円(税抜)

かき餅もまた、相模湾の長井でとれるしらすを使用したもので、宮田さんは漁の時期以外にも足を運ぶそうです。

生産者の声を聞くことを惜しまない宮田さんが17年前に「日影茶屋」で仕事を始めてから、様々な改革を試みたことで、当時の料理長や先代の社長にたくさん怒られた、と笑いながら話してくださいました。しかしそれらを実現できたのは、そこに熱意があったから。

宮田さん

電話やメールでやりとりすれば、食材の取引をすることは可能です。しかし直接生産者と会って現場の声を聞き、また逆に現場の人に作った和菓子を食べてもらうことで、それが信頼につながる。それが食材と和菓子の品質につながり、最終的には食べる人への笑顔につながる。

宮田さんの姿勢は、「日影茶屋」の和菓子そのもののように感じました。伝統を重んじながらも、地域の人々の思いを新しい形で再生していく、そのための強い意志と愛情が、「日影茶屋」の和菓子には宿っています。

取材・文:山本千晶/撮影:高山一平