飯田橋・神楽坂

梅花亭4代目「井上 豪」のぶち当たる壁を楽しむ力!優秀和菓子職、一級菓子製造技能士、東京マイスターに認定されるまで【職人特集vol.4 前編】

都野 雅子

世の中には、何でもできてしまう人がいる。

和菓子店の店主としての仕事をしながら、和菓子の世界で最も難しいとされる「選・和菓子職」と「東京マイスター」に認定され、茶名まで受ける。どれをとっても簡単ではないことはよくわかるから、興味が湧く。なぜ、そんなにたくさんのことを成し遂げる力があるのか‥

今回は「御菓子司 梅花亭」4代目・井上 豪さんにお話を伺いました。

井上豪

井上 豪 (いのうえ たけし)
1971年、東京都生まれ。
当時、豊島区池袋にある「梅花亭」の4代目。

1.優秀和菓子職、一級菓子製造技能士、東京マイスターを目指したきっかけ

井上豪

――2015年に選・和菓子職「優秀和菓子職」に認定、一級菓子製造技能士に認定されていますが、目指すきっかけはなんだったのでしょうか?

きっかけは、若い職人がどんどん増えてきたので、技術に加えて公の評価も持ち合わせておいた方が、教える時に説得力が増すと思ったからです。

また、実家が和菓子屋だという職人は、修行中にこういった称号を取得できると、実家に帰った時に自信がつくと思います。そのためにも、まず自分がその先頭を切って資格を取るべきとの思いがありました。

選・和菓子職は第1回から3回まで落選したのですが、その後数年空けて第7回に再挑戦して合格。一級菓子製造技能士も同じ頃に受験して、2級を飛び級して1級に挑戦。その年に一発合格しました。

井上豪


――立て続けに合格されたのもすごいですが、その他に「東京マイスター」に認定されていますよね。こちらを目指したのはどんな理由ですか?

東京マイスターには、その前哨戦として「新宿ものづくりマイスター」という制度があり、2016年に和食が世界文化遺産に認定され、食にかかわる職人もその対象となったことがきっかけで応募しました。


――最初は新宿マイスターに応募されたのですね。

どちらのマイスターも現役で高度な技術を持って仕事をし、なおかつ次世代にその技術を伝承している‥ということが評価の基準となっています。

新宿マイスターの合格者はその時、私とハイアットリージェンシー東京の料理長(和食)の2人で、その数年後に東京マイスターに認定されて、当時就任されたばかりの小池都知事から賞状を頂戴しました。

井上豪


2.イギリスで和菓子の講義。海外で注目される和菓子

――井上さんは外務省からの依頼で、イギリスで和菓子の講義も開講されていらっしゃいますよね?

はい。外務省から直接お電話を頂き、英国大使館から和菓子の講演をして欲しいというオファーがあったので。


――どのような講義をなさったのですか。

初めはスコットランドで2回講演。それからエディンバラでアフタヌーンティーでの和菓子の紹介。続いてセントアンドリュース大学での講演ですね。

井上豪

その後、ル・コルドンブルー校(ロンドン)で、パティシエを目指す生徒と現地メディア向けの和菓子の作り方を、小豆を炊くところから実演しました。


――いろんなところで講義をされたんですね!

そうですね。当時はあんこ満載の大きなスーツケースを2つ持って単身渡英したのですが、(スーツケースが重かったせいで投げられたのか‥)空港でスーツケースのタイヤが破損して、1本足で出てきました。なんとかそれを引きずって、外に出るところからスタートしました(笑)


――それは大変でしたね!イギリスでの和菓子の評判はいかがでしたか?

世界的に食の安全、健康意識の向上で和食がとても評価されていて、そのスイーツである和菓子はどれほど健康的なのか?と、とても関心が高かったです。

世界のスイーツの中で、純植物性の原材料で油を使っておらず、着色料も天然色素でグルテンフリー、なんといっても美しくて甘さ控えめでおいしい!ということで、ぜひ家で作ってみたいとの意見が多かったようです。

井上豪


――海外の人に和菓子が受け入れられてもらえると、嬉しいですね。

世界最古の株式会社である東インド会社本店で、紅茶と和菓子のマリアージュについての講演もしました。


――紅茶と和菓子のマリアージュ!どんな紅茶に合いましたか?

あまり苦くない紅茶と合うようでした。和菓子は食べてからお茶を頂きますが、向こうでは「なんで一緒に食べないんだ?」と不思議だったようです。


3.和菓子職人が茶道を学ぶ理由

――和菓子は茶道と切り離せないですが、文化を理解するのは難しいですよね。茶道で「茶名」まで受けられていますよね?

私が和菓子組合青年部の部長時代に、東京の和菓子屋の若旦那衆で茶事講座を開いてもらったことがきっかけです。その時の先生が今の茶道の師となっています。


――茶道のどのようなところに一番魅力を感じますか?

茶道は日本の美術工芸食文化の集大成であると思います。 和菓子を作る仕事では、とかく技術を研鑽してそれを高めることに意識しがちですが、実際には上生菓子は茶席の菓子です。

井上豪

茶席ではどれだけ意匠を削って、お客様の創造を掻き立てるデザインにするか。味も一個の菓子を食べるだけでなく、季節によって食感や味わいをどう表現するか。また、懐石料理の最後の食べ物として、次にお茶を飲むまでどれだけ余韻を残すのか‥といったことも大切になってきます。

作り手としてだけではわからない部分がたくさんあり、日々勉強といった気持ちで臨んでいます。


4.壁にぶち当たる、それが楽しみ。焦らずそして自分らしく

――茶名まで受けるのは時間もかかるし、大変だったと思います。美大にも通われていたようですが、油絵もしばらく描いていたのですか?

井上豪

自分らしさ、自分とはなんだろうといったアイデンティティにかかわる問題で、絵を描きたいという意識が小学生の頃からあり、その道も究めてみたいと思っていました。

その時、日本はバブルで世界の名画がたくさん集まってきていたので、勉強するには絶好の機会だと思い、休みには美術館に入り浸っていましたね。


――興味のあることにとことん突き詰めていかれるパワーがすごいですね!

もともと多趣味で色々なことに興味をもち、気に入ったことは長い年月をかけて取り組むタイプでした。人はできない壁にぶつかると、自分には向いていないからできないんだと保身行動に向かいます。

でも、できない壁を乗り越えると更に違った世界が開けてくることに気が付きました。そしてまた壁にぶち当たる・・・。そのことを繰りかえすたびに壁に当たっていること自体に楽しみが生まれて、慌てず楽しんでやり続けることが大事だと悟りました。


――壁にぶつかるのも楽しみなんですね。これからやってみたいことはなんですか?

和菓子は歴史が古く、1000年以上続く中で、疫病や飢饉などの危機を何度も潜り抜けてきています。原点回帰で、これから苦難を乗り越えなければならない時代になるかもしれません。

ただ、どんなにどん底でも人々の生きる原点に「衣食住」があり、そこに彩りを添える甘いものの存在は不可欠だと、思っています・・

<後編へ続く>

<プロフィール>
井上 豪 (いのうえ たけし)
1971年、東京都生まれ。
当時、豊島区池袋にある「梅花亭」の4代目。

幼い頃より家業を継ぐことに迷いはなかったが、小学生の時に褒められた記憶から絵に興味を持ち、美大へ進む。
2015年に国家資格一級菓子製造技能士、選・和菓子職の「優秀和菓子職」に認定。2016年には「東京マイスター」に認定され、2018年には茶道裏千家坐忘斎御家元より「宗豪」という茶名を受ける。
外務省からの依頼でイギリスで和菓子の講義を行うなど、多方面で活躍している。

取材・文:都野雅子