No Area

季節の和菓子と共に日常に小さな彩りを。『こまどりたちが歌うなら』

せせなおこ

こんにちは。和菓子コーディネーターのせせなおこです。

今日は寺地はるなさんの小説『こまどりたちが歌うなら』を紹介します。このお話の舞台は、小さな製菓メーカー。会社直営の和菓子屋「こまどり庵」では季節の和菓子がつくられ、物語を彩っています。

主人公は人間関係や職場環境に疲れ果て前職を退職した小松茉子。小説の舞台である親戚の小さな和菓子メーカー“吉成製菓”に入社することになった茉子が、“残業はタイムカードを押してから”、“お昼休憩は電話番”など腑に落ちないことばかり。こんな会社でやっていけるの……? と主人公の不安な気持ちと共に物語はスタートします。

茉子の親戚で吉成製菓の社長の吉成伸吾。ぶっきらぼうだけど、静かに助けてくれるパートの亀田さん。声が大きく態度も大きい江島さん。言いたいことが言えない、高圧的な会社の雰囲気の描写はついつい読みながら憤ってしまうほどでした。物語が進むにつれ、一人一人に複雑な事情があり、胸に秘めた思いがあることが明かされていきます。理由があるからといって、高圧的な態度や古い体制が許されるわけではないけれど、それでも人にはそれぞれ理由があることを想像できるようになれたらいいなと主人公・茉子と一緒に物語を進めていきました。

6章からなる小説で、それぞれのタイトルが「春の嵐」「空と羽」でなど、まるで菓銘のよう。この章はどんなお菓子が登場するんだろう?と想像して楽しめるのも、この小説の魅力の一つです。
和菓子を食べることが大好きな私ですが、和菓子の魅力は食べておいしい、というだけではなく、そのお菓子に込められた意味を想像することにもあると思っています。たとえば「桜」の表現ひとつとってみても、咲き始め、花びら、満開、散り際など表現方法は無限大。言葉を使わず、自分の思いをどう伝えるのか。日本の文化ともいえる、想像し相手を思う心を、和菓子を通して教えてもらえた気がします。

疲れた時に食べる甘いものが心の栄養になるのと同じように、ほっと安らぐ気持ちを与えてくれる『こまどりたちが歌うなら』。キーワードは「涙はしょっぱい、お菓子は甘い」。もう少し頑張ってみようかな、そんな小さな勇気をもらえるような小説でした。ぜひ季節の和菓子と共に味わってみてください。

文:せせなおこ