1.超老舗!「い志い」はこんなお店
文久2年、葛飾柴又に「以志ゐ呉服店」として創業したこちらのお店。当時、常連さんへのおもてなしとして出していたお茶菓子や漬物が美味しいと評判になり、戦後は茶店としての営業を開始し、店名も現在の「い志い」に。
“文久”と聞いてピンとくる方、あまりいないのでないでしょうか。今から157年前、東京がまだ江戸と呼ばれていた時代です。葛飾柴又と言えば日本を代表する映画「男はつらいよ」が有名ですが、「い志い」さんは、寅さんよりもだいぶ先輩。「超」がつく老舗中の老舗です。
「い志い」が店を構えるのは、駅前から柴又帝釈天までの帝釈天参道。何件もの和菓子屋が軒を連ねる食べ歩きの激戦区です。 築約200年の建物は、この通りで最古の木造店舗。
まさに老舗!と感じさせる風格ある佇まいですが、一見さん大歓迎なやさしい雰囲気も。気軽にふらっとのぞきたくなる親しみやすさがあります。
2.美味しいものは和洋にこだわりません
どら焼き、大福、おまんじゅうなどが店先に並んでいるなかで、目に留まったのはロールケーキ。
米米ロール 1,250円(税込み)
うるち米ともち米をブレンドして焼き上げたふんわり生地に、やさしい甘さの無添加純生クリームがぎっしり。クリームの甘さはとことん控えめで、ほとんど感じないと言ってもいいほど。それでも、ものすごく美味しいのは、なめらかな口当たりと豊かな生乳の風味がしっかりしているから。「お菓子のおいしさ=甘さ」だと思っていた私には衝撃でした。
そして表面は、徳島産の和三盆糖とあられ砂糖をまぶし、直接あぶってカリカリな食感に。生地のふわふわとクリームのなめらかさ、あられ糖のざくざく感が最高です。全然重たくないのでペロリと完食。
ところで、「なぜ和菓子店にロールケーキ?」とふと思い、店主の石井久喜さんにどら焼きを作っている傍らそのワケを伺いました。
『この店自体は創業157年の老舗ですが、本格的に和菓子を手掛けるようになったのは私の代から。いわゆる「伝統の味!」的なものはくず餅のみで、それ以外は自由に冒険しています。地元の素材や和のテイストを生かしつつ、自分が食べてみて美味しいと思った洋菓子の手法も取り入れるようにしています』
『昔は、柴又は葛西米の名産地でした。その名残でお団子やせんべいなど、お米を使ったお菓子が今も多く残っていて。そんな地元ならではの食材を使いたいと思って、ロールケーキを作りました。ロールケーキは洋菓子ですが、表面を直接炙る製法はうなぎの蒲焼からヒントを得ています。火を通すとパリっと香ばしくなるお米の性質も生かせたと思っています』と石井さん。
なるほど、老舗にもかかわらず、洋菓子のロールケーキを開発した柔軟さはそうした背景があったから。このロールケーキが「和菓子」なのも頷けます。そうした斬新なアイデアはどこからきたのでしょうか?
『基本は自分のマイブームを反映させています。自分が食べたものや旅行先で見つけた美味しいものの要素をどこかに取り入れてみたり…。毎日楽しみながらネタを探しています』と語ってくださいました。
石井さんにとって、楽しい日常こそが和菓子研究の場、なのです。
3.どら焼きは、焼きたてとお持ち帰り両方を!
続けて紹介したいのが「い志い」の看板メニュー「寅”焼き」シリーズ。
純生クリームと大納言あずきがマイルドな「酪どら」。「酪どら」に天然塩の甘じょっぱさをプラスした「塩どら」。他にも秋の栗を挟み込んだ「栗どら」などバリエーションが豊富。クリームを使用したどら焼きからは、石井さんならではの洋風テイストがうかがえます。
その中でも一番人気なのは通年で食べられる、あんこオンリーのシンプルな「フーテン寅”焼き」
フーテン寅”焼き 190円(税込み)
(※寅さん=とらさん=どら、のネーミングセンスにも注目!)
生地は毎日、約200枚程度焼いているとのこと。鉄板スペースはガラス張りで、店先からも見ることができます。軽快なリズムでくるくると焼きあがっていく様子は、つい時間を忘れて見入ってしまいます。
焼きたては食べ歩きならではの醍醐味。焼きのタイミングに運よく出会えた場合は、必ず手に入れたいところ。
生地はやさしい甘さで、どこかカステラのような洋菓子感もあります。焼きたてはあんこの水分が多く、ジューシー。あんこのつぶ感も際立っています。時間が経ったお持ち帰り用は、生地とあんこがより一体化してとてもしっとり。
この違いもまた「い志い」のどら焼きのいいところ。ぜひ両方を味わってほしいです。
塩どら、酪どら 共に210円(税込み)
私はマイルドなクリームが美味しい塩どらと酪どらをお持ち帰りしました。紙袋もかわいらしく手土産にもおすすめです。
4.旬をとどけたい気持ちから野菜ソムリエに
“とにかく自由”な石井さんですが、キラリと光るこだわりも教えてくれました。
『お客さんにその季節に合った美味しいものを召しあがってほしいと思っています。さっきのどら焼きにしても暑い日やジメジメした日は、少しあっさり目にしたほうが美味しいかな、とか。逆に寒い日は卵を多めにして少ししっとりさせようかな、とか。季節や日々の天候に合わせて材料の配合を微調整できるのも、マニュアルを固めていないからですね。あと、旬のものを和菓子に取り入れたいという気持ちから、野菜ソムリエの資格も取得しました』
そんなストイックな探求心から生まれた逸品がこちらのフルーツ大福。
今回はあまおうよりも高い糖度のいちご大福「なつみずき」をいただきました。
北海道産苺 なつみずき450円/みかん450円/シャインマスカット250円/梨250円(すべて税込み)
ひとくち頬張ると口いっぱいに苺そのもののジューシーさが広がります。フルーツそのものをサッとつまむ感覚で気軽に味わってほしいと、あえて皮や白あんは薄めにしているのだそう。ソムリエの目で選定した、旬のフルーツを使うため、あえて種類を決めてはいないとか。この日はみかん、シャインマスカット、梨がありました。
とにかく斬新な和菓子がてんこもりの「い志い」。こういった様々なアイデアやこだわりは石井さんによる、日々楽しみながらのネタ探しで生まれてくるもの。
『最近は、洋菓子のカヌレが美味しいと思っていて。あの、「外はカリッ、中はもっちり」な食感を和菓子の何かに生かせないかな~と思案中です』とのこと。
石井さんのワクワクのアンテナに今後何がヒットするのか、とても楽しみです!
取材・文:蟹めんま/撮影:土肥さやか