『優秀和菓子職』
この言葉を聞いてすぐにわかる人がどれだけいるだろうか?
和菓子職人が取得することの多いもっとも一般的な資格が「製菓衛生師」。1年に1度試験のある国家資格だ。
また、菓子作りの技能を認定する「菓子製造技能士」。1級、2級とあり、1級となると7年以上の実務経験が必要な上、合格率は30%台と難易度も高い。
そして『優秀和菓子職』は、全国和菓子協会が日本の食文化の1つである和菓子の伝統と技術を伝承し広めることを目的に平成19年にスタートし、現在第10回まで実施。912名が受験、そのうち認定されたのは約15%、138名という狭き門。
この『優秀和菓子職』を製菓衛生士、菓子技能検定1級と合わせて同時期に取得したのが日本橋小舟町にある老舗和菓子店「日月堂」、八代目の安西雅希氏。
評判のコーヒー生大福を生み出しながらも、難関の試験を受けることにしたのは何故なのか。安西氏が『優秀和菓子職』に認定されるまでのお話を伺いました。
1.アイスコーヒーとモーニング。転機となった喫茶店との出会い
日本橋小舟町。江戸時代の商業の中心地と知られた土地で1877年、明治10年に創業した日月堂。現在も創業した当時と同じ場所にある。
今年で143年目。八代目として誕生した安西さんは運動が好きで図工が得意な子どもだった。
そんな安西氏が学生時代に見つけたお気に入りの場所が喫茶店。
「高校時代、朝、学校に遅刻しそうになった時に、もう1時間目は間に合わないからと諦め、最寄りの喫茶店に入り食べたアイスコーヒーとモーニングセットがあまりに美味しくて‥なんて素敵な仕事なんだと思いました。」
しかもそこが気に入ったため、そのままアルバイトを始めて、なんと就職してしまったそう。
しかし、その時の経験が後に大評判となる「コーヒー生大福」の誕生のきっかけとなる。
2.いくら真似てもうまくいかない。父の背中を見て学ぶ日々
その後、実家である日月堂で仕事をすることを決めた。
「和菓子屋で働き始めたのは、単純にサラリーマンさんのように、働くことが苦手だっただけだと思います。」
あまり跡取りという実感が実はなくて、と言いつつも父と同じ場所に立ち、どら焼きの皮を焼くところを見て、やってみても同じようには仕上がらないことが悔しかった。
「自分が今おかれている現状を改善して、向上していくことしか考えていませんでした。」
その想いが、『優秀和菓子職』を目指す目標となった。
「当時の私は、お菓子を作る上で自己満足に陥っていた事に気が付き、なにか自分の仕事を評価してもらえる自信が欲しかったのです。」
試験はまず第一次審査がある。代表的な課題菓子3品を作り、それをそのまま郵送して審査される。その審査に通るのが約半数。
その後、本選に進む『優秀和菓子職』の試験は、時間内に課題で出される菓子を数種類作りあげなくてはいけない。技術が足りなければ容赦なく落とされる試験だった。
盆景菓子グランプリ作品
安西さんが認定されたのは4回目の挑戦でのこと。製菓衛生士、菓子技能検定1級もその間に取得したが、「その中でも『優秀和菓子職』はダントツに難しい試験でした。」と振り返る。
「製菓衛生師に挑戦して受かり、やればできるぞ。」と思い、「まぁ落ちても、だれも傷つくこともないか。」とも思ったという。
和菓子職のための練習として、「2時間半以内に、このお菓子を作ってもらえない?」という注文を受けたと仮定してお菓子を作っていた。
「注文であれば、『すいません、できませんでした・・』では、すまされないですからね。」
その熱心さで誕生したのが、コーヒー生大福だった。
3.「美味しいね。」母から言われた初めての言葉
コーヒー生大福が発売されたのは今からおよそ10年前。喫茶店が好きでコーヒー好きということもあり、「当時、コーヒーを使用した和菓子があまりなかったので、作り始めたのがきっかけです。」という。
コーヒーにこだわり、粉末のコーヒー、ドロップしたコーヒー、香りの選別、お菓子との相性など、いろいろ試した。お湯の温度、お菓子に練りこむタイミングなども試作を重ねたという。
また、最大の課題は冷凍すると固くなる餅皮。この難題も研究の結果、固くならない餅皮を開発。中身のクリームもまた、濃厚な乳脂肪分42%のものを使用。添加物は不使用だ。
おいしいだけではなく、安全。それも日月堂のこだわりだ。 そのおいしさは口コミで広がり、有名人も足を運ぶ。
「今は亡き母に、自分が作ったお菓子が『おいしいね、これ』と初めて言われたお菓子が、 コーヒー生大福でした。やってみたいことはやった方がいいなぁと思いました。結果がダメな時の方が多いですが(笑)」
‥「優しい母でした」と柔らかに笑った。
楽観的で飄々と軽やかに見えても、思い込んだら真っ直ぐ。その熱心さは日月堂の名前の由来である「日進月歩」にも通じている。
「今はどの業種も、恐らく同世代の方たちには、かつてないほどの苦境に悩まされていると思います。今はとにかく、この状況を少しでも改善できるように、日々努力をしていこうと思います。お菓子を通して、家族や世界が平和になるようにしていきたいです。」
奇しくも取材に伺ったのは夏越の祓(なごしのはらえ)の頃。アマビエも水無月も店頭にあった。 自然体で確かな技術を持つ職人が作り出す新しい菓子が楽しみだ。
安西雅希Profile:
1975年、東京都生まれ。
日本橋小舟町にある「日本橋 日月堂」八代目当主。
コーヒーが好きで喫茶店で勤務した経験を持つ。
家業を継いだ後、自らの自信とするために難度の高い『優秀和菓子職』に挑み、第6回目として実施された平成24年に認定される。
同時期に製菓衛生士、菓子技能検定1級も取得。
自ら考案した「コーヒー生大福」は有名人もオススメの和菓子として評判が高く、日々精進という家訓を守りながら新たな和菓子に挑戦し続けている。
取材・文:都野雅子
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