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日本が世界に誇る発見品。万能食材にして、医療の現場でも活躍する“寒天”とは?

oriori編集部

これまでに、みつまめ、ところてんと話をしてきましたが、ここで両者に関係する食材、「寒天」についてもお話ししたいと思います。寒天は日本生まれの、日本で発明されたオリジナル食材です。羊羹や錦玉羹といった棹物(さおもの)と呼ばれる棒状の和菓子に使われるほか、増粘剤として最中やどら焼きのあんこや、干錦玉とも呼ばれる琥珀糖などにも使われています。寒天なくして和菓子は成立しない、というほどに万能な食材です。ここで、寒天の成り立ちを見ていきましょう。
見た目がそっくりなので、簡単に予想は付くと思いますが、寒天の原料となっているのはところてんです。ところてんを乾燥させて、水分が抜けた状態のものが、寒天になるのですが、寒天が発見されたのは江戸時代になってから。ところてんが奈良時代の昔から存在していたのに比べると、ずいぶんと新しいことに驚かされます。ところてんが寒天になるのに、千年近くの時間が必要だったというわけです。

寒天が発見されたのは、全くの偶然でした。伝承として残されているのは、1658年のある冬の日の出来事。京都伏見の旅館、美濃屋の主、美濃屋太郎左衛門(みのやたろうざえもん)は、おもてなし料理の食べ残したところてんを屋外に置いたままにしてしまいます。夜の寒さで凍ったところてんは、日中の暖かい日差しで解凍され、水分が抜けた干物のようになっていきます。いわゆるフリーズドライの状態です。それを見た太郎左衛門は、何を思ったのかその干物状態のところてんを、再び水にいれ、煮溶かして、冷やし固めてみたのです。すると、ところてんよりも透き通って、磯臭さのなくなったところてんができあがりました。ところてんよりも癖がなく、食べやすいこの食べ物は刺身の代用として精進料理で重宝されるようになりました。最初の内は寒天を水でざっと洗って軽く戻したものをそのまま食していたそうです。

この食べ物に「寒天」という名前をつけたのは、インゲン豆を日本にもたらした人物としても有名な隠元隆琦(いんげんりゅうき)和尚だとする説があります。寒天を初めて食べたときに、この食べ物にまだ名前がないことを聞いて、その作り方に由来する「寒晒心太(かんざらしところてん)」の意味を込めて、中国で「冬の空」や「寒冬」を意味する漢語の「寒天」と命名したと言われています。

寒天はその製法によって大きく2種類、天然寒天と工業寒天に分けられます。さらに天然寒天はその形状から、棒寒天と糸寒天に分けられます。天然寒天と工業寒天では形だけでなく、製法や原料も異なっています。天然寒天はテングサを原料にところてんを作り、前述の凍結乾燥法で棒寒天や糸寒天の形に作られますが、工業寒天はオゴノリを原料に、苛性ソーダで海藻の固まる成分だけを抽出して精製した物で、粉砕されて粉寒天となります。粉寒天は安価に作ることができ、天然寒天に比べて固まる力が強いのですが、保水力と弾力性はやや弱い食感になります。粉寒天は、水で戻して裏ごしする必要がなく、手軽に使えるので、一般家庭でよく使われています。

現在の天然寒天の有名な生産地は諏訪地方になりますが、当初関西の丹波地方(京都、兵庫のあたり)で行われていた天然寒天の製法を、この地に広めたのは、諏訪の行商人、小林粂左衛門(こばやしくめざえもん)でした。1840年頃、丹波で寒天の製造法を見た粂左衛門は、「これは雪や雨が少なく乾燥気味で、冬が長く寒さが厳しい南信州(現在の諏訪地方)の農家の副業にぴったりだ!」と思い、この製法を学んで持ち帰りました。
それ以来、寒天は冬に昼夜の寒暖差が大きく、晴天が多くて比較的乾燥している長野県茅野市を中心とした諏訪地域の特産品となっていきます。また、この地域の不純物の少ないきれいな水も、寒天づくりの大きな利点となっているようです。

こうして作られる天然寒天には工業寒天では出せない昔ながらの食感(固さ・弾力性・粘度)、風味があり、和菓子の材料として多用されるようになっていきました。ちょうど同じ頃に製法が完成した練り羊羹の凝固剤としても寒天は活躍します。といっても練り羊羹自体は寒天が発見される前の1589年に、テングサと粗糖、小豆あんを用いて誕生していました。ということは、初期の羊羹にはところてんのような海藻の香りがあったのでしょうか。羊羹の製法はその後も改良され、現在のような練り羊羹が完成したのは1658年頃といわれていますから、ちょうどこの頃発見されたばかりの寒天を使うようになったことで風味が良くなり、完成を見たのかも知れませんね。夏場に人気の水羊羹も、寒天を使ったものになりますが、練り羊羹に比べると、水分が多く、使われる砂糖も少なめなので、あまり日持ちがしないとされています。

寒天は多糖類として保水性に優れるため、羊羹などの凝固に用いられる以外にも、焼き菓子などをしっとりさせる目的でも使われたり、口どけの良いなめらかなクリームの保形などに活用されています。また、凝固温度も30℃前後と比較的高いため、和洋菓子が常温で型崩れしないように加えられたり、艶出しに使われたりもします。寒天に砂糖を加えることで、透明度が上がり、水分が分離するのを防いで硬く仕上げることができるので、錦玉羹などでは、精製されたグラニュー糖が使われることが多いそうです。
それ以外にも寒天は食物繊維も豊富で、カロリーはゼロといいことずくめ。和菓子が健康に良いスイーツといわれる理由がここにもあったのですね。

文:oriori編集部