12月に入って、寒さもようやく本格的になり、山里では冬の風物詩、干し柿の生産が最盛期を迎えています。12月は干し柿にまつわる記念日が2日も制定されている月で、12月1日の市田柿の日と、12月13日の伊達のあんぽ柿の日です。どちらも冬場にピークを迎える干し柿の生産と消費を願ったものです。ちなみに伊達のあんぽ柿は1月と2月の13日にも記念日が制定されています。
ご存じのように、柿には甘柿と渋柿があって、干し柿として加工されるのは渋柿です。渋柿は名前の通り収穫したそのままでは、渋くてとても食用には向いていません。では、どうやって食べるのかというと、焼酎を使って渋抜きするか、冬の乾いた風にあてて干し柿にします。干すことで渋味のもとである可溶性のタンニン(カキタンニン、シブオール)が、発生するアセトアルデヒドの作用で不溶性へと変わり、渋柿がもともと持っている甘味が感じられるようになるのです。渋柿の糖度は甘柿よりも一般的に高く、果肉の品質も優れたものが多いと言われています。干し柿が渋柿から作られる理由はそこにありますが、この製法は一体誰が見つけたのでしょうね。
干し柿の歴史は、甘柿の登場よりも古く、渋柿からの突然変異で生まれた甘柿、禅寺丸柿(ぜんじまるがき)が発見されたのが鎌倉時代の1214年であるのに対し、渋柿から作られる干し柿は平安時代中期の法典「延喜式(927年完成)」に既にその記述が登場しています。ちなみに甘柿が発見されたのは、現在の川崎市麻生区にある禅寺の山中。柿生という地名はそこから付けられました。
干し柿は、長野県が全国1位の出荷量で、南信州の飯田・下伊那地域で作られる、ころ柿タイプの「市田柿」が大半を占めています。次に生産量が多いのが福島県で、伊達市などで作られる「あんぽ柿」が有名です。3位は山梨県の「枯露(ころ)柿」になります。その他、和歌山、富山、愛媛、山形などが干し柿の主要な生産地になります。
ここで再び出てきた「あんぽ柿」と「ころ柿」というのは、それぞれが固有名詞になっているのと同時に、干し柿の種類のことも指す呼び名です。干し柿には大きく分けて2種類があり、元の実の重さの約40~50パーセントまで乾燥させたものをあんぽ柿、約25~35パーセントまで乾燥させたものをころ柿と呼んで、乾燥状態の違いで区別しています。あんぽ柿は水分を多く含み、半生のトロっとした食感が特徴なのに対し、ころ柿はかみごたえのあるねっとりした食感と、羊羹のような濃厚な風味が持ち味です。ころ柿の表面に出てくる粉雪のような白い粉は、もちろんカビではありません。柿からにじみ出た糖分(果糖やブドウ糖)が析出してきたもので「柿霜(しそう)」といいます。霜がたくさん吹いていることは、おいしくて甘い干し柿の証しでもあります。
「和生菓子の甘さは干し柿をもって最上とする」。
和菓子の世界には、菓子を作るときには干し柿の甘さを基準にすると良い、という言葉があるそうです。砂糖が貴重品だった時代、自然の甘さの干し柿が丁度よい甘さの基準だったのでしょう。砂糖が簡単に手に入るようになっても、度を超した甘さは、逆に下品な味になってしまうから、気を付けなさいよという大事な教えなのでしょうね。
古くから祭礼用のお菓子として用いられていた干し柿ですが、それを茶席の菓子として取り上げたのがかの千利休だといわれています。干し柿の鄙びた風情が、利休の美意識に叶ったのかも知れませんね。
もちろんそのまま食べてもおいしい干し柿ですが、最近ではクリームチーズや栗きんとんを合わせたり、羊羹やアイスクリームに加工するなど、単品で和菓子化した独創的なアイデアの商品も登場してきています。また、地域によって、栽培されている柿の品種が異なったり、干し柿の製法にも違いがあるので、全国にはさまざまなタイプの干し柿が存在しています。お取り寄せで食べ比べてみるのも面白いかも知れませんね。
文:oriori編集部