もうすぐ、小寒、いよいよ寒の入りです。これから更に寒さが厳しくなっていきます。小寒から節分までのこの時期に生産が最盛期を迎える食べものがあります。以前の原稿でも登場している寒天しかり、干し柿しかり、そして今回の原稿で紹介するくず粉も冬の寒さを味方につけた産物なのです。くず餅や、くず饅頭、くずきりと夏の涼味に欠かせない食材が、真冬に作られているなんて、ちょっと面白いですね。
くず粉はマメ科クズ属のつる性植物、クズの根っこから採れるでんぷんです。クズの花は秋の七草にも選ばれていて、古くから和歌にも登場したりするなど、広く親しまれています。雑木林や川の土手などで初秋になると見られる、藤の花をひっくり返したような赤紫の花がそれです。くず粉が冬に作られるのには理由があって、クズの根が山芋のように肥大化し、でんぷん質が根に集まる冬が採集の適期とされているからです。
厳しい寒さの中、葉が落ちたクズの根を掘り出して泥を落とし、繊維状に細かく粉砕して、冷水で洗い、その絞り汁からでんぷんを取りだし、沈殿させます。そして何度も水を替えながらアク抜きと沈殿を繰り返して不純物を取り除き、最終的に良質で真っ白なでんぷん部分のみを抽出します。この作業を寒い時期に行うのは、寒さででんぷんが発酵しづらいということもあります。その後、何ヶ月も時間を掛けながら自然乾燥させてやっと完成です。良いくず粉を作るには、単純作業ですが莫大な手間と根気、そして時間が必要なのです。
クズという和名は、奈良の吉野川上流の国栖(くず)出身の人たちが方々にくず粉を売りに歩いていたことに由来しているといいます。クズは、北海道から九州までの日本全国に広く自生しているほか、中国や東南アジアにも自生しています。アメリカでは造園のために日本から運ばれていったものが繁殖し、荒れ地でも育つその旺盛な繁殖力からグリーンモンスターと呼ばれ、戦略的外来種と見なされているそうです。
クズは全国に自生しているため、くず粉の生産地は全国にあります。作物の作れない冬の間の農家の副業としてくず粉の生産が広まったのでしょうが、日本三大葛として挙げられているのは、吉野葛(奈良)、秋月葛(福岡)、熊川葛(福井)です。くず粉というと吉野が全国的にも有名ですが、原料となるクズ根の産地でいうと、日本一なのは温暖な鹿児島県になります。どうもクズ根の生産地とクズ粉の産地は異なっているようで、クズはあっても根っこを掘り取る労働力が不足しているようです。調べてみると海外産の粗製くず粉を輸入しても、吉野で精製したから吉野本葛(よしのほんくず)だと名乗ることも可能らしく、鹿児島と地理的に近い秋月葛も、「九州産」のクズ根が原料と記述されているということは、似たような状況なのだろうと思われます。
こうして作られる混じり気のないくず粉100%のものは本葛と呼ばれ、なめらかで口当たりが良いが、多少の苦味を伴っています。本葛は生産量が少なく高価であるため、「葛粉」と称していても、一般に売られているものにはジャガイモやサツマイモ(甘藷でんぷん)、コーンスターチ(トウモロコシのでんぷん)などを混入したものが多く見られます。これらのでんぷんを添加することで、粘り気や食感が変化します。これは、どちらが優れていると言うことではなく、用途に応じて選べばよいことだと思います。
また、でんぷんを採る以外に、クズ根を細断してそのまま乾燥させたものは、漢方薬として用いられます。風邪になったときに煎じて飲む「葛根湯(かっこんとう)」に使われているのがそれです。クズ根には体を温める効果や解熱発汗作用という顕著な効能があります。また鎮けい作用をも有していて、首筋や肩背の筋肉のこりを和らげてもくれます。風邪のひき始めのゾクゾクする寒気や、背中のこわばりを鎮めてくれるありがたい感冒薬です。
今の時期にオススメのくずを使った食べ物といえば「くず湯」でしょう。くず粉を水で溶いて砂糖を加え、鍋などで緩やかに加熱しながら透明になるまで練って作ります。とろみが付いて、艶のある状態になれば完成です。生姜汁や抹茶、柚子の皮などを加えて風味をつけたものもオススメです。とろみがあるために冷めにくく、消化も良いため冬の朝には最適です。これを飲めば起きたての体がゆっくりと目覚めていくでしょう。
くずでんぷんには漢方薬の「葛根」ほどの薬効はありませんが、マメ科の植物であるクズにはイソフラボンとサポニンが含まれており、多少なりとも体にやさしい成分が含まれていることは事実です。そして、体にやさしいのは成分だけではありません、でんぷんになっていることで消化・吸収が良く、整腸作用もあるので、胃腸が弱っている時でも安心して飲むことができます。夏のくずきり、くず餅もいいですが、温かいくず湯もまた格別です。街の和菓子屋では、個包装されたくず湯がいろいろと置かれています。ギフトにも最適なくず湯のあれこれ、お好きなフレーバーを試してみてはいかがでしょうか。
文:oriori編集部