
ゴールデンウィークも終わって、徐々に暑さが迫ってくるこの時期にやってくるのが、5月9日の「アイスクリームの日」。これは日本で最初にアイスクリームが販売された日、明治2(1869)年の5月9日にちなんでいます。制定したのは日本アイスクリーム協会の前身である東京アイスクリーム協会。1964年のことです。
ちなみに初めてアイスクリームを食べた日本人は、日米修好通商条約批准のため渡米した徳川幕府一行というのが定説になっています。この時の使節団が迎船ポーハタン号に乗り込みサンフランシスコを目指します。随伴船は咸臨丸。この船に勝海舟や福沢諭吉らが乗船しています。その後、正使一行はパナマ地峡経由でワシントンを目指し、時の大統領ジェームズ・ブキャナンと批准書を取りかわしました。その時の迎船フィラデルフィア号の中でアイスクリームのおもてなしを受けたのが最初とされています。
そして咸臨丸の使節団に随行して渡米し、アメリカで知人からアイスクリームの製法を学んできたのが町田房蔵です。明治2年に彼が横浜の馬車道通りに氷水店を開いて、かき氷と共にアイスクリームを売り始めたのが日本人によるアイスクリーム製造販売の最初とされています。この頃は「あいすくりん」と呼ばれ、牛乳と卵、砂糖を混ぜ合わせたシンプルなものだったといわれています。値段は一皿50銭、今の価値に換算すると8,000円以上になるといわれていますから、高すぎてめったに売れなかったというのも納得がいきます。
ここで「日本人による」と書いたのは、日本で最初にアイスクリームを製造販売したのは、アメリカ人のリチャード・リズレーだというのがわかっているからです。彼は1865年の“The Japan Herald”紙に、横浜の中華街に出店したアイスクリームサロンの広告を出しています。
アンモニアを冷媒とする製氷機が渡来したのも、この頃のことです。明治3(1870)年の5月に福沢諭吉が熱病にかかったときに、熱さまし用に製氷されたのが日本の人造氷の始まりといわれています。諭吉、本日2度目の登場です。
氷が作れるようになれば、夏でもアイスクリームの製造が容易になります。こうしてアメリカから伝わった「あいすくりん」は、明治時代に文明開化が進むのと共に、日本各地に広がっていきます。明治8(1875)年に東京・麹町の洋菓子店、村上開新堂がアイスクリームを売り出したり、明治35(1902)年には銀座の資生堂パーラーのソーダファウンテンで、アイスクリームとアイスクリームソーダの販売を始めたりしました。
大正時代になると、東京深川にあった冨士食料品工業(現在は冨士森永乳業)が、アメリカから取り寄せた大型のフリーザーを使って、本格的なアイスクリームの生産を始めました。こうしてアイスクリームは庶民の暮らしに浸透していきます。この頃から、チョコレート、ストロベリー、レモンのフレーバーはありました。ただこの頃はまだ日常のオヤツというより、おもてなしのデザートとしての需要が高かったようです。
昭和に入り、太平洋戦争によってアイスの一時製造はストップしたものの、終戦後には再開され、その甘味は人々の傷ついた心を癒やしました。後に登場した1人ずつのカップに入ったアイスクリームは、木のさじで食べる手軽なスタイルで、駄菓子屋などにも置かれるようになりアイスクリームは人気のおやつになりました。現在では街のコンビニエンスストアには、どれにしようか迷うほど沢山のアイスクリームが並んでいます。
ここからは、アイスクリームの「和菓子」としての側面に注目してみたいと思います。アイスクリームは、西洋から輸入された冷たいデザートですが、日本の気候や食文化に溶け込み、和菓子の一部としてその存在感を増しています。季節感や地域性を大切にし、素材の味を活かした繊細な甘さが特徴です。
特に注目すべきはそのフレーバーの多様さです。抹茶、さくら、黒ごま、あんこ、ゆず、白桃など、日本独自の素材が使われた味わいは日本人の繊細な味覚にマッチし、口の中で広がる豊かな風味が魅力です。中でも抹茶アイスクリームはその苦味と甘さのバランスが絶妙で、海外でも「Matcha」と称される人気のフレーバーです。また、地域によっても特産品を活かした独自のフレーバーが存在するため、さまざまなバリエーションが楽しめるのも特徴です。
その形状にも和菓子の伝統的なアイデアがうまく取り入れられていることも特筆できます。最中皮や大福にアイスクリームを包んだり、逆にアイスクリームに求肥や小豆を入れたりと、和菓子文化との融合がうかがえます。その一方で、きな粉や黒蜜をトッピングしたり、醤油や山椒など、「えっ」と思うような和の食材がうまく取り入れられていたりと、自由にカスタマイズされているのも日本独自の進化だったりします。
アイスクリームが日本に上陸して150有余年。伝統的な和菓子の要素と西洋のアイスクリームのスタイルが融合した結果、独特の魅力を持つデザートとして発展してきました。四季折々の季節感が色濃く反映されている日本のアイスクリームは単なるデザートを超え、日本の文化や風土と深く結びついた特別な存在として評価されているのです。