鎌倉

【和菓子処 茶の子】鎌倉の日常に“茶の子”を届ける いつでも新鮮な出会いがここに

松尾 友喜

1.西鎌倉で和菓子を届ける

鎌倉の中でも、観光名所から離れたローカルな雰囲気が漂う西鎌倉エリア。湘南モノレール江の島線の西鎌倉駅から10分ほど歩くと、静かな住宅街の一角に『和菓子処 茶の子』が佇みます。

明るい光が差し込む店内には、上生菓子や名物のどらやきを求める人たちがひっきりなしに来店。地元の常連客が多く、スタッフと親しげにおしゃべりをしていきます。

『和菓子処 茶の子』は、大正6(1917)年に『松埜本店』として東神奈川で創業して以来、100年以上続く老舗和菓子店です。

長年にわたって東神奈川で営んできましたが、時代の変化とともに街の開発が進み、「静かな環境で和菓子を作りたい」と、約30年前に3代目が西鎌倉へ店舗を移しました。

そして、移転と同時に店名を『和菓子処 茶の子』と改名。茶の子とは室町時代の文献に登場する言葉で、お茶を飲むときに口にする菓子を指し、これが和菓子の原点になっています。「日常のなかでお茶と和菓子を楽しんでほしい」という思いで名付けたそう。

現在も『和菓子処 茶の子』の代表は3代目が務めていますが、和菓子の製造を担っているのは、娘である松野友美さん。夜間の専門学校で学びながら他店で修業を積んだ後、6年前にこの店へ入ったという友美さんに、お話を伺いました。

『和菓子処 茶の子』では、どんな和菓子作りにこだわっていますか?
西鎌倉には、お茶やお花を好む文化人が多くて。皆さん目が肥えているから、工夫を凝らした和菓子作りを常に心がけています。

また、西鎌倉の人たちは特別な日ではなく、日常のお茶請けとして和菓子を楽しむそう。だからこそ、いつ来ても新鮮な感覚で和菓子を選べるよう、商品開発に取り組んでいます。

2.日常のお茶請けを提案

西鎌倉へ移転後は、3代目が中心となって新しい和菓子作りに取り組んできたと言います。

以前はお団子やおはぎを中心に作ってきたそう。もちろんそれらの商品も店頭に現在も並びますが、西鎌倉という地で好まれる目新しい商品も同時に開発してきました。
中でも移転後に誕生し、名物となった「むしどらやき」と「松毬(まつかさ)」。


むしどらやき 1個173円/松毬(まつかさ) 1個140円

写真奥の「むしどらやき」は、メレンゲを立ててから生地を蒸し上げるので、フワフワと柔らかい食感。白い生地にはバターを加えた白餡が挟まり、風味が良くコーヒーと相性抜群。黒糖を練り込んだ生地には、上品な甘さの胡麻餡に求肥入り。どちらも、生地と餡のバランスが新感覚のどらやき。

一方、小振りの「松毬(まつかさ)」は、しっかりと弾力のある生地で懐かしい味わい。白小豆+あんずは、あっさりとした甘さであんずが爽やかに香り、大納言小豆+栗は、ほっこりとした甘さと栗の食感が絶妙。

玉造り 6個入り1,000円

こちらは、100周年を記念して作られた菓子「玉造り」。ほろりとくちどけのいい桃山で白餡を包み、仕上げに梅酒が刷毛塗りされた風味のいい和菓子です。

また、ひと口サイズの「玉造り」のように、『茶の子』のお菓子は一度に2、3個食べられるようなサイズ感にもこだわっています。

3.フレッシュなお店でありたい

3代目から和菓子の製造を全て任されるようになった友美さんは、上生菓子がお得意。店頭に並ぶ季節の商品はもちろん、お茶の先生からお茶会で出す上生菓子の相談を受け、一緒に作り上げていくこともあると言います。

そのお茶会のテーマや使用する器を聞いて、どんな上生菓子がいいか、アイデアを練るそう。

「例えば韓国の方を招いたお茶会のときは、韓国の陰陽五行説や食文化を学んで、上生菓子作りに生かしたり。相談してくれるからには期待に応えたいし、打ち合わせを重ねながら、ひとつの和菓子を作り上げていくのはとてもやりがいがあります」

こう話す友美さんですが、女性でありながら力仕事が多い和菓子職人の道へ進むことに、3代目から反対されたこともあったといいます。

「幼い頃から両親の背中を見て、大変なのは分かっていたから私自身も迷いました。でも和菓子って、製法も歴史も知れば知るほど面白いんです。だから、少しでも多くの人に和菓子の魅力を伝えたいと思って、この道へ進みました」

さらに友美さんは、こう続けます。「和菓子の歴史を見てみると、西洋などいろんな文化圏のものを取り入れながら変化してきました。だから私たちも、どんどん新しい製法や素材を取り入れていきたい。そして、いつ来ても新鮮な和菓子との出会いがあるお店でありたいです」

西鎌倉の人々の日常に寄り添うために。

毎日訪れてもフレッシュな感覚で楽しんでもらえるよう、和菓子を提供していきたいのだと、友美さんは目を輝かせていました。

取材・文:松尾友喜/撮影:大平正美