1.160年の歴史を持つ名店の豆大福
美味しい豆大福があると聞いて鎌倉へ取材に伺ったのは、午後2時。お店に到着するとすぐに、ご近所にお住まいと思われる親子が来店しました。小さな女の子がお店の人に「豆大福ください」とお願いしたのですが……。残念ながらこの時間にも関わらず豆大福が売り切れていたのです。
それを聞いた子どもはあからさまに意気消沈。大人から見るとその姿はとてもかわいく映りましたが、彼女にとっては一大事だったことでしょう。「おかきはあるよ」と大人たちがなだめても首を横に振るだけ。しかし串に刺さったお餅にあんが乗った「あんだんご」が1本残っていることを知り、目の輝きを取り戻した彼女は、それを買って楽しそうに帰って行きました。
前置きが長くなりましたが、ここは豆大福が名物の「初祖 岡埜榮泉總本舗」。創業してから約160年もの年月が経つ老舗です。
お菓子ケースのあるカウンターと、奥に構えた工房のみの小さなお店。昼過ぎには売り切れてしまう豆大福とはどんなものなのか? そこで早速、撮影用に1つだけ予約させていただいた貴重なそれを見せていただきました。
豆大福(こしあん、つぶしあん) 各200円(税込)
中身が見える透明な袋に“豆大福”の文字がドドンと書かれていて、シンプルながらもソソるパッケージです。こちらは『こしあん』ですが、もうひとつ『つぶあん』(こちらのお店では“つぶしあん”と呼んでいます)の2種類があります。
袋から出してみると、重量感のあるビジュアルが目を惹きます。ゴロリとした豆が特徴的。豆は、国産のえんどう豆を使用。立派なそれは炊いたあと、きれいに炊けているか、割れていないかなど、一粒一粒手作業で選別しているといいます。
つぶあんの方を割ってみると……。
小豆のつぶつぶ感が大変細かいのが印象的です。創業当初から変わらない製法で仕込まれ、つぶあんとこしあん合わせて毎日200個も作るそうです。
食してみると、もっちりとした皮の感触を歯で感じると同時に、えんどう豆のしっかりとした存在を感じます。ほんのりした甘みのつぶあんは、小豆の粒がアクセント。えんどう豆との食感の違いも感じられ、それがまた面白いのです。
こしあんもいただいてみると、さらに甘さが控えめに感じられます。おかみさんいわく、つぶあんとこしあん共に、砂糖の分量は同じなのだとか。こしあんのなめらかな舌触りがあっさり感を生み出し甘さを抑えたように感じるので、夏にオススメだそうです。ぜひ食べ比べしていただきたいところ。
こちらの豆大福は、購入したその日中が賞味期限。添加物もなく丁寧に作られているので日持ちはしませんが、「1つからでも予約できるので気軽に頼んでくださいね」とおかみさんはおっしゃいます。
2.ペロリと平らげられる赤飯も絶品
丁寧にお菓子作りをする「初祖 岡埜榮泉總本舗」。その魅力をより楽しみたいなら、赤飯もぜひ食してください。
お赤飯 600円(税込)
和の雰囲気漂うのしに包まれた赤飯には、ぽち袋に入ったごま塩も添えられているのですが、それも手作り。
こちらのごま塩、よく見ると、ごまに塩がまぶしてあるのがわかっていただけると思います。特殊な製法で作られているというこちらも、創業当時から変わりません。
パッケージを開いてみると、ごくごく薄いあずき色のもち米の中に、粒立った小豆が存在感を持って混ざっています。もち米は、地元鎌倉のお米屋さんからその時々で一番いいもち米を仕入れています。味と色の決め手になる小豆は、大納言小豆。大きくてもち米との相性も抜群です。
いただいてみると、“もったり”としがちな赤飯のイメージを覆す衝撃の美味しさ! もっちりしつつも、しつこさが全くありません。さらに特製のごま塩がまた絶品。香ばしさに加え、舌で感じる塩の加減が絶妙なのです。気が付いたらペロリと食べきってしまうほどでした。
ちなみに、赤飯はプラスチックのケースではなく、木の皮で作られた経木(きょうぎ)を使用しています。乾くと米がくっついてしまうので使うお店は減っているのですが、通気性や殺菌性に優れた経木を使うことにこだわっているといいます。これも創業当初から続くこだわりです。
3.これからの160年を支える味ともてなし
小さな店内で取材させてもらっていると、どこからか視線を感じました。ふと見てみるとそこに佇むのは……お菓子の神様!?
初めて聞く“お菓子の神様”は、このお店の歴史につながります。
「初祖 岡埜榮泉總本舗」は江戸時代、東京・上野で誕生した甘味処でした。平成に入っても、遠方から多くの人が和菓子を求めて訪れたそうです。
しかし様々な事情でお店は閉店。そんな折、おかみさんが蔵を片付けていると出てきたのが、この銅像でした。当初は真っ黒で一体何なのかすらわからなかったのですが、調べてみると「田道間守命(たじまのもりのみこと)」という、お菓子の神様として崇められているものでした。
実は閉店後も、たくさんの方から復活を熱望されていたおかみさん。お菓子の神様が見守ってくれるのならと、閉店から4年後の2014年に場所を鎌倉に移し、「初祖 岡埜榮泉總本舗」を再出発させました。味を忠実に復元させるため、ベテランの職人さんに修行してもらって、準備から2年の月日がかかったといいます。
「みんなに助けられ、みんなで助け合っているお店なんです」とおかみさんは笑顔でおっしゃいます。製法だけでなく、接客も“岡埜”のやり方で。例えば、お菓子や赤飯の封をするテープ。端は全て綺麗な二重折りで、剥がしやすいようにという心遣いが感じられます。
いつも笑っているお店であることがモットー。「美味しいって言われるのも嬉しいけれど、この店に来るとホッとすると言われるのがすごく嬉しいんですよ」とおかみさん。
子どもが気軽に大福を頼みたくなる気持ち、とてもわかるなぁと感じました。「これから先も160年続けることを目指す」というおかみさんの笑顔に会いたくなる、味も心も満たされるお店だったのでした。
取材・文:山本千晶/撮影:山本聡