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晩秋の歳時菓、亥の子餅。収穫への感謝と火の用心の和菓子。

oriori編集部

朝晩の気温も落ち着き、ようやく秋らしい気候になってきました。秋といえば収穫の季節、10月から11月にかけて、各地で収穫に感謝する秋祭りが行われます。

年に毎年、干支があるように、月や日、時間にも十二支が割り振られていることをご存じでしょうか。平安時代の宮中では旧暦10月、亥の月の最初の亥の日を「玄猪(げんちょ)の日」と定め、この日の亥の刻に新穀でついた餠、「亥の子餅(いのこもち)」を食べる風習がありました。その年の収穫を祝い、無病息災を願う行事であったものが、多産の猪にあやかって子孫繁栄の願いも込められるようになりました。元は古代中国の風習が平安時代に日本に伝わったもので、古くは『源氏物語』の中にも登場しています。

冬至、つまりこの日を境に昼の長さが増えていく、一陽来復の含まれる月が月の始まり、旧暦の11月が「子の月(ねのつき)」になります。この月に北斗七星のひしゃくの柄の部分が真下を指すことから、一年の始まりと決められたそうです。以降、12月は「丑の月(うしのつき)」、翌1月は「寅の月(とらのつき)」とし、最後の「亥の月(いのつき)」が旧暦の10月にあたります。亥の月の最初の亥の日は、現代の暦では年ごとに異なっていて、2024年は11月7日(木)になります。この日の亥の刻、つまり午後9時から11時の間に亥の子餅を食べるとよいとされているのです。

亥は古代中国の陰陽五行説では水性に当たり、火に強いとされることから、江戸時代の庶民の間では、水性が重なる亥の月の亥の日を選び、囲炉裏(いろり)や炬燵(こたつ)を開いて、火鉢を出し始める風習ができあがりました。茶の湯の世界でも、この日を炉開きの日としており、夏に使っていた風炉をしまって、畳の下にあった炉を開いていきます。その際の茶席菓子 として亥の子餅がよく用いられます。

この亥の子餅、夏越の祓(なごしのはらえ)の水無月や、端午の節句の柏餅のように、決まったスタイルがないのが特徴で、『源氏物語』では、大豆・小豆・大角豆(ササゲ)・ごま・栗・柿・糖(あめ)の7種類の粉を入れてついた餅とだけ書かれています。『源氏物語』の時代、お砂糖やあんこなどはまだ存在していません。紫の上が召し上がったのはどんなお味の餅だったのでしょう。

現在ではコロンとかわいい形をした餅菓子の形状が多く、名称に亥(猪)の文字が使われていることから、餅の表面に焼きごてを使い、猪ないしその幼体であるウリ坊に似せた色模様を付けたものや、餅に猪の姿の焼印を押したもの、紅白の餅にこしあんが入ったもの、餅の表面に茹でた小豆をまぶしたものなど、店ごとにさまざまな意匠の亥の子餅が登場しています。秋の夜長、万病を祓うために、お好きな餅を探して、熱いお茶と一緒にお召し上がりください。

文:oriori編集部