1.“縁もゆかりもない若造”が元町へ
西洋風の街並みで洗練された雰囲気が漂う、横浜・元町ショッピングストリート。1859年に横浜港が開港したのをきっかけに外国人向けの商品を扱う店舗が立ち並び、戦後は日本の若者が集う街として栄えてきた商店街には、ブティックや小売店、レストランやカフェ、ベーカリーなど、多くの老舗店が軒を連ねます。
そんな元町ショッピングストリートの一角で、この地に縁もゆかりもない若手の和菓子職人だった齋藤知也さんが『香炉庵』を構えたのは2004年のことでした。
現在は元町に本店と茶寮を、その他、東京駅グランスタ店、そごう横浜店、新横浜店など4店舗を展開しています。すっかり地元から愛される和菓子店となっていますが、元町ショッピングストリートに新参者として出店し、浜っ子の心を掴んでいくのは容易なことではなかったはず。
『香炉庵』の誕生秘話を知りたいと元町本店を訪ねると、知也さんの兄であり、常務取締役として広報を担当する齋藤雅也さんが、「よくぞ聞いてくれました」とばかりに饒舌に語ってくれました。
元町といえば異国情緒が漂う“ハイカラなまち”ですが、なぜこの地に和菓子店を構えたのですか?
確かに、店頭には洋菓子の要素を取り入れた和菓子や、カラフルで華やかな印象に仕上げられた和菓子が並び、それらは元町の雰囲気にマッチしています。他にはない和菓子を生み出す独創性は、代表であり和菓子職人の知也さんならでは。
知也さんはもともとアートの道を志していましたが、「創作できる仕事を」と模索するうちに和菓子職人へと方向転換。幼い頃からおばあさんの手作りのおはぎを食べて育ったのも、和菓子に興味を持つきっかけになったそうです。専門学校を卒業後、和菓子職人として10年間の修業を経て『香炉庵』を構えました。
雅也さんは、オープン時をこう振り返ります。
「当時、知也は29歳の“若造”ですから、老舗が軒を連ねる元町に店を構えるのは一筋縄ではいかなくて。元銀行マンの父親も一緒になって各所へ交渉するうちにご縁が繋がり、開店にこぎつけました。私たちの情熱に賛同してくれる人がいたことは、本当に有難いですね」
そうして、知也さんの発想力と職人技が光る商品が生み出されていったのです。
2.洋と和のコラボレーション
『香炉庵』で創業以来の看板商品となっているのが、「黒糖どらやき」。沖縄県産の黒糖を練り込みホットケーキのようなフワフワ食感に焼き上げた生地が特徴的で、洋と和をコラボレーションさせたひと品です。
どらやきセット(煎茶or抹茶付き) 770円
※本店2階の茶寮で提供、1階では1個194円から販売
ひと口食べれば、黒糖の風味と北海道産「しゅまり小豆」の粒餡のほどよい甘さが合わさり、奥深い味わい。ペロリと食べきってしまえる小振りなサイズ感にもこだわったといいます。
全店舗で販売される「黒糖どらやき」は、元町本店内の工房で製造されています。そして、和菓子店には珍しく工房がガラス張りになっているので、店内から製造風景を眺めることができるのも魅力。今回は特別に工房の中に潜入して撮影してきました。
フワフワとした生地が次々と焼き上がると、手作業で餡を挟んでいきます。「黒糖どらやき」は、1日3000個以上が製造されるとのこと。
また、11月なら「モンブランどらやき」、12月なら「ミルクティーどらやき」など、月替わりのどら焼きも登場。季節の味を求めるのも、楽しみのひとつです。
3.地域を盛り上げる創作
取材中、雅也さんが「創作和菓子で元町を、地域を元気にしていきたい」と話していたのが印象的でした。
黒糖どらやき 1個194円/花元町 6個入り972円/浜ゼリー 5個入り1188円
あんず餡や青梅餡など6種類の餡を楽しめるひと口サイズのもなか「花元町」は、横浜港の浮玉をモチーフにしています。
また、横浜の農園から直接仕入れる「浜ぶどう」と「浜なし」を使って作られる「浜ゼリー」は、「はまふぅどコンシェルジュ」の資格を取得した雅也さんが地産地消にこだわって開発したもの。
『香炉庵』は、横浜・元町を感じられるデザインや、地元の素材を取り入れた和菓子を創作することで、この地に根付く存在となっています。
黒糖どらやき 1個194円/花元町 6個入り972円/浜ゼリー 5個入り1188円
黒糖どらやき 1個194円/花元町 6個入り972円/浜ゼリー 5個入り1188円
また、商品の企画・開発、製造はもちろん、パッケージのデザインと工程は自社。そのため、外部からの商品開発依頼にもすぐ対応できるなど、フットワークの軽さも『香炉庵』らしさだと言います。
『香炉庵』では、和菓子職人は“クリエイター”。
新しいアイデアが浮かべば、情熱が冷めないうちに想いを形にしていくという姿勢で、和菓子と向き合っています。社内での商品開発会議は定期的に行われ、社員が集まって賑やかな雰囲気の中で意見を出し合っているそう。スピーディーでありながら、作り手自身が楽しんでいるからこそ、出来上がった和菓子は食べる人をワクワクさせてくれます。
『香炉庵』はこれからも、遊び心が光る元町ならではの和菓子を発信していくのでしょう。
取材・文:松尾友喜/撮影:大平正美